馬の名はキタサンブラック。北島さんの馬、という呼び名がそのまま登録名になった一頭だ。けれど、歌声の派手さとは裏腹に、走りそのものはいつも静かだった。前へ出て、流れを作り、最後まで止まらない。鋭い末脚で景色を一変させるタイプではない。先頭で粘り、追ってくる相手に「まだ脚があるぞ」と見せ続ける。地味だが、ほどけない。
この馬は、三五〇万円で取り引きされた。名牝系でも、流行りの血でもない。それが、GIを7つ勝ち、獲得賞金で歴代の頂点に立つ。祭りの真ん中にいたのは、たたき上げの船だった。
キタサンブラックの記録
- 生年月日: 2012年3月10日(同じ日に多くのGI馬が生まれた「名馬の日」でもある)
- 父: ブラックタイド
- 母: シュガーハート
- 母父: サクラバクシンオー
- 馬主: 大野商事(実質的なオーナーは北島三郎)
- 調教師: 清水久詞
- 主戦騎手: 武豊
- 現役成績: 20戦12勝
- 主な勝ち鞍: 菊花賞、天皇賞春(2回)、天皇賞秋、ジャパンカップ、大阪杯、有馬記念
- 通算獲得賞金: 約18億7000万円(当時の歴代1位)
三五〇万円の馬
キタサンブラックの血統は、華やかではない。
父ブラックタイドは、ディープインパクトの全兄にあたる。同じ父サンデーサイレンス、同じ母ウインドインハーヘアから生まれながら、弟が無敗の三冠馬になったのに対し、兄は故障もあって現役では大成しなかった。種牡馬としても、長く地味な存在だった。母シュガーハートの父は、短距離王サクラバクシンオー。長い距離を勝つ馬の配合表には、ふつう書かれない名前だ。
その馬を、北島三郎が三五〇万円で手にした。やがて十八億円以上を稼ぐ馬の出発点が、それだった。名前は「キタサン(北島さん)ブラック」。演歌の大スターの名を背負いながら、血の上では成り上がりの一頭だった。
のちに北島自身が「これほど勝つ馬になるとは」と振り返ったように、買った当人すら、この馬がどこまで行くかは分かっていなかった。高い馬が走るとは限らず、安い馬が走らないとも限らない。競馬のいちばん面白いところを、キタサンブラックは出発点からそのまま体現していた。三五〇万円という値札は、走るほどに過去の数字になっていった。
菊花賞で、長い道が開いた
デビューは派手ではなかった。新馬戦から少しずつ勝ち上がり、スプリングステークスで重賞を初めて勝つ。皐月賞では割って入れず、春のクラシックの主役はドゥラメンテのものだった。
潮目が変わったのは、距離が延びてからだ。2015年の菊花賞。3000メートルという長い舞台で、キタサンブラックは前で流れに乗り、苦しくなるところで粘り込んだ。瞬発力で斬る馬ではない。簡単に止まらない馬だった。短距離の血を引きながら、長距離のGIで一冠目をつかむ。血統表の常識を、自分の走りで上書きしていく。
武豊と組んで、王道を渡り歩いた
古馬になると、手綱に武豊が座った。前へ出る。ペースを作る。相手が来れば、もう一度踏む。言葉にすると単純なこの競馬を、二人はGIの大舞台で何度も成立させた。
2016年は天皇賞春とジャパンカップを勝った。一方で、暮れの有馬記念では、3歳のサトノダイヤモンドにゴール前でクビ差差され、2着に敗れている。先頭で粘りながら、最後の最後で世代の良血馬にとらえられた。強い馬が、強い馬に負けた一戦だった。
2017年、キタサンブラックは充実の極みに入る。新設されたばかりの大阪杯を勝ち、天皇賞春を連覇した。前で運び、止まらない。同じ形を、相手や馬場を変えながら、何度でも再現した。
歌う馬主、北島三郎
キタサンブラックを語るとき、馬主・北島三郎の存在は外せない。
馬名のキタサンは「北島さん」から来ている。登録上の馬主は大野商事だが、実質のオーナーは演歌の大スター、北島三郎その人だった。そして、この馬が大きなレースを勝つたびに、競馬場では不思議な光景が生まれた。表彰式のステージで、オーナー自身がマイクを握り、代表曲「まつり」のサビを歌うのだ。菊花賞でも、天皇賞でも、ジャパンカップでも。勝てば「まつり」。それが、キタサンブラックの勝利の合図になっていった。
馬主というのは、ふつう表舞台のいちばん端にいる人だ。それが、満員の競馬場で歌い、ファンと一緒に盛り上がる。勝てば三五〇万円の馬が「まつり」で迎えられる。スターホースと国民的歌手の組み合わせは、競馬を見ない人にまで話題を運んだ。強い馬は数あれど、勝利のたびに歌が流れる馬は、後にも先もそういない。
武豊という相棒
古馬になってからのキタサンブラックの手綱を握り続けたのは、武豊だった。
キャリアの後半に差しかかっていた天才が、前で運んで止まらないこの馬に、もう一度大きな時代を見つけた。派手な追い込みではなく、先手を取り、ペースを支配し、相手に脚を使わせる。武豊の経験と、キタサンブラックの素直な前向きさが噛み合うと、GIの大舞台でも危なげがなかった。難しいことを、毎回当たり前のようにやってのける。それは、馬と騎手のどちらが欠けても成り立たなかった。
泥の天皇賞秋
2017年の天皇賞秋は、キタサンブラックの強さがいちばん分かりにくい形で出たレースかもしれない。
馬場は不良にまで悪化していた。馬が走ると水しぶきが飛ぶ。そんなコンディションで、しかもスタートで立ち遅れる。前で運んでこそのキタサンブラックが、出負けした。普通なら、ここで終わってもおかしくない。
けれど、そこから巻き返した。泥をかぶりながら押し上げ、最後は抜け出して勝つ。前年に春を勝ち、この秋で天皇賞の春秋制覇を達成した。きれいに運べなかった日に、いちばんしぶとさが出た。前へ行く馬の強さは、前へ行けなかったときに本当に試される。それを証明した一戦だった。
最後の祭り
引退レースは、2017年の有馬記念と決められていた。
武豊は迷いなく先手を取りに行った。スタートからゴールまで、キタサンブラックの独り舞台。後ろを離して、止まらないまま帰ってきた。これがGI7勝目。史上最多タイの記録に並び、たたき上げの船は最高の形で港に着いた。
翌2018年1月7日、京都競馬場で引退式が行われた。GI7勝にちなんで、ゼッケンは7番。武豊を背に、4コーナーから直線を駆け抜ける。そしてスタンドには、北島三郎の「まつり」が響いた。現役中、菊花賞でも、天皇賞でも、ジャパンカップでも、勝つたびにオーナー自身が競馬場でサビを歌ってきた。その歌が、最後にもう一度、満員のファンの前で鳴った。
名前と、強さの距離
キタサンブラックは、賑やかな名前の馬だった。演歌のスターがオーナーで、勝てば「まつり」が流れる。話題に事欠かない。けれど、走りそのものは、その騒がしさといつも逆の場所にあった。
毎回のように前へ行き、簡単に止まらず、最後まで踏み続ける。出負けしても巻き返す。良血に差されても、翌年さらに強くなって戻ってくる。派手な名前の内側で、地道で骨太な競馬を積み上げた。三五〇万円という出発点も、短距離の血も、ぜんぶ走って黙らせた。
そして、父へ
引退後、キタサンブラックは種牡馬になった。
そして初年度産駒から、イクイノックスが現れる。天皇賞を連覇し、海外まで制し、世界の評価を塗り替えた怪物だ。地味だった父系は、息子の走りで一気に最前線へ戻った。祭りのあとに残ったのは、人気ではなく血の底力だった。
種牡馬としての歩みと産駒の詳しい話は、別の一篇にゆずりたい。ここでは、前で止まらなかった現役時代の芯が、父になっても消えていないこと、それだけを書いておく。
(→ 種牡馬としての歩み・イクイノックスら産駒データは「種牡馬物語 キタサンブラック」へ)
受け継がれたもの
キタサンブラックは、強さを派手に見せびらかす馬ではなかった。
菊花賞では長い距離を粘り込んだ。天皇賞は春も秋も勝った。泥の中では出負けから巻き返した。有馬記念では先頭から帰ってきた。どれも、一瞬の切れ味で景色を変える勝ち方ではない。前へ出て、止まらない。同じことを、何度も、いちばん大きな舞台で繰り返した。
三五〇万円の馬が、十八億円を稼ぐ。地味な血が、史上最多タイのGI7勝にのぼる。祭りの歌の外側で、走りはいつも静かに骨太だった。その芯が、イクイノックスで世界へ伸びた。
参考資料・画像クレジット
- JRA-VAN メモリアル キタサンブラック: https://jra-van.jp/fun/memorial/2012102013.html
- JRA 3分でわかった気になる名馬 キタサンブラック: https://www.jra.go.jp/gallery/3minmeiba/horse37/index.html
- JRA 顕彰馬 キタサンブラック: https://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse34/
- Number Web 「350万が18億に…“格安だった”キタサンブラックを北島三郎はなぜ買った?」: https://number.bunshun.jp/articles/-/848720
- 日本経済新聞 キタサンブラック最後の祭り 有馬記念: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24788430Y7A211C1UU8000/
- キタサンブラック - Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/キタサンブラック
- 画像: Kitasan-Black_IMG_7729r_R_20151025.JPG / Ogiyoshisan / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
- 画像: Kitasan_Black_Japan_Cup_(38692096812).jpg / nakashi / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons