ドゥラメンテ、危うさごと駆け抜けた九戦

2015年の皐月賞。4コーナーで、中山のスタンドがどよめいた。

2015年日本ダービーのドゥラメンテ
2015年日本ダービーのドゥラメンテ / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
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最後方から押し上げてきたドゥラメンテが、直線の入り口で外へ大きく膨れた。普通なら、そこで終わる。勢いを殺し、進路を失う、致命的なロスに見えた。ところが、馬場の中央に持ち出されて追われると、矢のような脚が出た。膨れた距離も、失ったはずの時間も、まとめて飲み込んで、前にいたリアルスティールやキタサンブラックを差し切ってしまう。

危うさと強さが、同じ一画面の中にあった。

うまく乗ったから勝った、という勝ち方ではない。整っていないのに、それを上回る才能が一瞬だけはみ出した。ドゥラメンテのレースには、いつもこの「完成する前の爆発」があった。そして、その爆発を私たちが見られた時間は、思っていたよりずっと短かった。

9戦5勝
皐月賞
日本ダービー
中山記念

ドゥラメンテの記録

皐月賞男の、四勝目

皐月賞でドゥラメンテに乗っていたのは、ミルコ・デムーロだった。

4コーナーで外へ持ち出し、後方勢の進路をふさぐような、強引とも言える仕掛け。けれど馬場の中央から追い出すと、馬がそれに応えた。デムーロにとっては、2003年のネオユニヴァース、04年のダイワメジャー、13年のロゴタイプに続く皐月賞4勝目。誰もが認める「皐月賞男」が、単独トップに立った瞬間でもあった。

人馬のどちらも、危ういところを承知で踏み込んでいた。膨れても勝てると思える馬と、膨れさせても勝たせられると思える騎手。その信頼が、あの破天荒な鬼脚を成立させた。

2015年皐月賞のドゥラメンテ
2015年皐月賞のドゥラメンテ / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

ダービーで、血統表が走った

続く日本ダービーで、ドゥラメンテは二冠を達成する。

この馬の血統表は、日本競馬の宝物のような並びだ。母アドマイヤグルーヴはエリザベス女王杯を連覇した名牝。祖母エアグルーヴは天皇賞・秋を勝った「女帝」。その上にはダイナカール、さらにノーザンテーストの血が続く。父はキングカメハメハ。スピードと底力をあわせ持つ王道の組み合わせに、日本屈指の名牝系が重なる。

良血、という言葉は使い古されている。けれどダービーのドゥラメンテは、その言葉に実体を与えた。血統表の上で何代も積み上げられてきた強さが、東京の長い直線で、目の前を走っていた。

女帝の血、つながってきた牝系

ドゥラメンテの強さを語るとき、母方の物語を抜きにはできない。

母アドマイヤグルーヴは、エリザベス女王杯を連覇した名牝。その母、つまりドゥラメンテの祖母が、天皇賞・秋とオークスを勝った「女帝」エアグルーヴである。さらにその母ダイナカールもオークス馬。三代、四代とさかのぼっても、大舞台を勝った牝馬が並ぶ。日本競馬の牝系の中でも、屈指の「華麗なる一族」だ。

牝系というのは、ただ血が濃いだけでは続かない。世代ごとに、誰かが結果を出し続けなければ、線は細くなって消えていく。エアグルーヴが、アドマイヤグルーヴが、それぞれの時代でGIを勝ち、女の系図を太いまま次へ渡してきた。ドゥラメンテは、その先端に立つ牡馬だった。父キングカメハメハの力強さに、何代も積み上げられた女帝たちの底力が重なる。ダービーで走っていたのは、一頭の馬であると同時に、長く受け継がれてきた一族の記憶でもあった。

危うさという才能

ドゥラメンテは、扱いやすい優等生ではなかった。

右回りや大きな歓声に過敏に反応する。気持ちが昂ぶると、まっすぐ走ることより前に出ることを優先してしまう。皐月賞で外へ膨れたのも、ただの不器用さではなく、抑えの利かない才能の出方だったのだろう。デムーロはレース後、馬が敏感に反応した趣旨を語っている。

強さと難しさが、同じ一頭の中で隣り合っていた。だからこそ、噛み合ったときのスケールは大きく、見ている側はいつも少し息を詰めた。次は何をするのか。どこまで伸びるのか。完成された安心感ではなく、未完成のスリルが、この馬の魅力だった。

もっと見たかった時間

古馬になったドゥラメンテは、復帰戦の中山記念を快勝し、ドバイへ遠征して世界の一線でも好走してみせた。ここからが本当の全盛期になるはずだった。

けれど、その先がなかった。故障が判明し、4歳で現役を退く。9戦5勝。二冠を含む輝かしい数字だが、頭数だけ見れば、あまりにも少ない。あの皐月賞の鬼脚を、古馬になった完成形で、もう一度見たかった。多くのファンが、そう思いながら見送った。

そして時間は、さらに短かった。2017年に種牡馬入りしたドゥラメンテは、2021年、急性大腸炎のため9歳の若さでこの世を去る。現役も、種牡馬生活も、どちらも途中で断ち切られた。

種牡馬としての全盛は、ふつうこれからという年齢だった。送り出せた世代も、数えるほどしかない。あの皐月賞の鬼脚を継ぐ産駒が、これからどんどん現れる——そう思われていた矢先の訃報だった。強い馬が早く逝くのは、競馬の歴史で何度も繰り返されてきた。それでも、ドゥラメンテの場合は、現役の短さと生涯の短さが二重に重なって、「もっと見たかった」という思いがことさら深く残った。

短さは、薄さではなかった

それでも、ドゥラメンテの血は、残された世代が想像以上に濃く走った。

長距離の王道を歩んだ馬、牝馬クラシックを制した馬、三冠牝馬、菊花賞馬——父の皐月賞にあった危うさと爆発力が、産駒それぞれに別々の形で現れた。短い種牡馬生活で送り出した数少ない世代から、これだけの活躍馬が出た。父自身が完成しきる前に終わったぶんを、子どもたちが走って埋めているようにも見える。

種牡馬としての歩みと産駒の詳しい話は、別の一篇にゆずりたい。

(→ 種牡馬としての歩み・タイトルホルダーら産駒データは「種牡馬物語 ドゥラメンテ」へ)

受け継がれたもの

ドゥラメンテの時間は、二重に短かった。現役は9戦。種牡馬生活も4世代ほどで終わった。

だが、短さは、残らないことではない。皐月賞で外へ流れながら矢のように伸びた馬は、産駒の長い脚に、牝馬三冠に、菊花賞に、姿を変えて残っている。完成する前にはみ出した才能は、消えなかった。次の世代の中で、いまも別の形で爆発し続けている。

もっと見たかった——その思いごと、ドゥラメンテは記憶されている。

参考資料・画像クレジット

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