2015年の天皇賞春。3200メートルの長い道のりで、ゴールドシップはまた簡単な競馬をしていなかった。折り合いよく好位で脚をため、直線だけで差す。そんな優等生の形ではない。後ろから、早めに、外を動く。見る側の胸が少しざわつくほど、レースの残り時間を自分で使い始める。
ゴールドシップのレースには、いつもこちらの都合を聞かない感じがあった。今日は走るのか。ゲートを出るのか。どこで動くのか。そういう話ばかりが先に立つと、この馬はただの気分屋に見えてしまう。
けれど、ファンが本当に覚えているのは、笑える仕草だけではない。苦しくなってから、もう一度体を使う。相手が楽をしていないところへ、白い馬体が長く押し寄せてくる。「不沈艦」と呼ばれた船は、沈みかけてからが本領だった。
ゴールドシップの記録
- 生年月日: 2009年3月6日
- 父: ステイゴールド
- 母: ポイントフラッグ
- 母父: メジロマックイーン
- 馬主: 小田切有一
- 調教師: 須貝尚介
- 現役成績: 28戦13勝(うち海外1戦0勝)
- 主な勝ち鞍: 皐月賞、菊花賞、有馬記念、宝塚記念2回、天皇賞春、阪神大賞典3回
- 主なニックネーム: 不沈艦
函館から始まった
ゴールドシップは2011年の夏、函館でデビューした。預かったのは須貝尚介。当時はまだ重賞を勝っていない調教師で、この白っぽい青毛の馬と一緒に名前を上げていくことになる。
最初から完成された優等生ではなかった。気性には角があり、パドックでも返し馬でも、いつも素直に従う馬ではない。ただ、走り出すと違った。年が明けた2012年2月の共同通信杯で、ゴールドシップは後方から鋭く伸びてライバルを差し切る。須貝にとっては、これが調教師としての重賞初勝利だった。馬も人も、ここから大きなレースへ入っていく。
このころの手綱は内田博幸が取っていた。落馬による大きなけがを経て競馬場へ戻ってきた騎手で、難しい馬を力で動かすことのできる乗り手だった。気性に角のある馬と、戻ってきたばかりの騎手。この組み合わせが、ゴールドシップの最初の物語を作る。
荒れた内から、クラシックが始まった
2012年の皐月賞は、ゴールドシップを語るときに外せない。
中山の馬場は悪く、内は荒れていた。普通なら避けたい場所だ。そこでゴールドシップは後方から内を突いてくる。きれいな進路取りというより、誰も通りたがらないところに道が残っていた、という勝ち方だった。白い馬体が内から伸びる。外を回して届くのではなく、馬場の悪いところを割ってくる。ここで最初に見えたのは、派手な瞬発力ではない。苦しい場所を嫌がらず、力で抜けてくるしぶとさだった。
続く日本ダービーでは、2番人気に推されながら大外を追い込んで5着。初めて連を外した。クラシックの主役がまっすぐ二冠へ進まないところも、この馬らしい。
そして秋の菊花賞。京都の3000メートルを、ゴールドシップは押し切った。速い脚を一瞬だけ使う馬ではなく、動き出してから簡単に止まらない馬。「クラシック二冠」という言葉の内側に、この馬の場合は「長く踏み続ける」感触がある。距離が延びるほど、ゴールドシップは強くなった。
有馬記念で、白い馬体が外を回った
3歳の暮れ、有馬記念。古馬を相手にした大一番で、ゴールドシップは後ろから外を上がっていく。
小回りの中山で、楽な形ではない。けれどこの馬は、きれいに脚をためて一瞬で抜けるより、早めに負荷をかけられたときのほうが強さを見せた。直線で前をのみ込む。内田が手綱を持つグランプリ制覇。3歳での勝利は、世代の枠を越えて「この馬は本物だ」と知らせるものだった。この年、ゴールドシップは皐月賞・菊花賞・有馬記念とGIを3勝し、最優秀3歳牡馬に選ばれている。
勝てば強い。負ければ不可解。ゴールドシップはそういう簡単な二択で語られがちだ。でも、有馬記念の勝ち方を見ると、気分だけで走っていた馬ではないことが分かる。長く脚を使うための体があり、苦しいところで踏み直せる心肺があり、相手の脚が鈍ったところからもう一段押せる。
阪神大賞典という、三度の更新
ゴールドシップにとって、阪神の長距離は帰る場所のような舞台だった。阪神大賞典を2013年、2014年、2015年と三度勝つ。同じ重賞を三連覇するのは、強さに再現性がなければできない。
なかでも語り継がれるのが2015年だ。スタートで出負けし、最初は流れに乗れない。普通ならそこで終わってもおかしくない。けれどゴールドシップは、向正面の半ばからじわりと動いて好位へ取りつき、4コーナー手前で進出、直線を向くころには先頭に立っていた。残り200メートルでデニムアンドルビーに迫られても、そこからもうひと伸びして抑え込む。出遅れも、早めに動く競馬も、すべて含めて勝ち切った一戦だった。
阪神大賞典の三連覇は、派手なGIの陰に隠れやすい。でも、この馬の「苦しくなってからの脚」がもっとも分かりやすく出ていたのは、この長距離の前哨戦だったかもしれない。
宝塚記念連覇と、出遅れの一日
阪神の内回り2200メートルも、ゴールドシップに似合った。
宝塚記念を2013年、2014年と連覇する。コーナーを回り、早めに動き、最後まで脚を使う。スピードの切り替えより、力をかけ続ける競馬。相手に楽をさせない競馬。2014年は横山典弘が手綱を取った。難しい馬を無理に型へ押し込むのではなく、馬の気分と力の出しどころを待つような乗り方だった。扱いやすい馬ではないからこそ、走り出したときに邪魔をしないことも技術になる。
そして2015年、同じ宝塚記念。単勝1.9倍の圧倒的な支持を集めながら、ゴールドシップはゲートで大きく出遅れ、15着に大敗する。
この一戦だけを笑い話にすると、大事な部分を落としてしまう。大出遅れはたしかに強烈だった。ほとんど競馬にならなかった。けれど、あの日があったからこの馬が愛されたのではない。あの日があっても、それまでの強さが消えなかったから愛された。ファンは失敗を覚えている。でも同じくらい、宝塚記念を連覇した強さも覚えている。ゴールドシップは、ネタで済ませるには強すぎた。
海を渡って——凱旋門賞の挑戦
2014年の秋、ゴールドシップはフランスへ向かった。凱旋門賞。日本馬が長く挑み、まだ届いていない舞台だ。
横山典弘を背に、ロンシャンの重い芝へ挑む。けれど結果は14着。日本の長距離で見せた、あの早めに動いてねじ伏せる競馬は、現地の馬場とペースの中ではうまくかみ合わなかった。
凱旋門賞の14着は、ゴールドシップの戦績の中では数字だけ見れば地味な一行だ。それでも、この馬が「強い日本のステイヤー」として海を渡るに足る存在だったことの証でもある。父ステイゴールドもまた、現役時代に海外の大レースへ挑み、最後に香港で大きな勝利をつかんだ馬だった。届かなかった遠征も、血の物語の中に置くと意味が変わる。
三度目の春、京都で動いた
天皇賞春は、ゴールドシップにとって簡単な宿題ではなかった。2013年は5着、2014年は7着。京都の長距離は、この馬に向いているようで、向いていないようにも見えた。器用に立ち回れる馬ではない。スムーズさを求められると、強さがかえって重くなる。
2015年、三度目の挑戦。手綱は横山典弘に戻っていた。ゲートを出てから急がせすぎず、向正面から3コーナーにかけて外を動く。早い。けれどゴールドシップにとっては、その早さが必要だった。直線に向くころにはもう前の馬に圧をかけ、最後の50メートルで先頭をとらえ、外から来る馬を振り切る。3200メートルを勝ち切った。
レース後、横山はこの馬のスタミナと粘りを語っている。うまく乗ったから勝った、だけではない。うまく乗らないと出てこないほど、力の出し方が難しい馬だった。だから天皇賞春は、ゴールドシップの晩年の勲章というだけでは足りない。気分屋と呼ばれた馬が、3200メートルで自分の武器を出し切ったレースだった。
手綱の物語
ゴールドシップの四年間は、手綱が替わっていく物語でもある。
クラシックを勝ち、有馬記念を制した内田博幸。難しいステイヤーを急がせず動かした横山典弘。そして2014年の有馬記念から2015年の阪神大賞典までは岩田康誠が背に乗り、出負けからの三連覇を演出した。同じ馬を、性格の違う名手たちが代わる代わる御していった。それぞれが、この馬の「出しどころ」と格闘した。
そして2015年12月27日、引退レースの有馬記念。手綱には、はじまりの内田博幸が戻ってきた。残り1000メートルから早めにスパートをかける、いかにもゴールドシップらしい競馬で押し上げたが、直線で伸びを欠いてゴールドアクターの8着。勝ち負けには加われなかった。
それでも、最後にあの白い馬体を動かしたのが最初の相棒だったことに、四年間がきれいに閉じる感触がある。レース後の引退式には、多くのファンが残った。強さと失敗の両方を見せ続けた馬の、最後の一日だった。
ステイゴールドとメジロマックイーンの底
父ステイゴールド、母父メジロマックイーン。この組み合わせは、競馬ファンにとって特別な響きを持つ。「黄金配合」と呼ばれ、同じ流れからはオルフェーヴルやドリームジャーニーも出た。
軽くて素直で、早い時期から何でもこなす血ではない。燃え方が濃い。扱いにくさを抱えたまま、底の深いスタミナとしぶとさを出す。ステイゴールドは現役時代に何度も惜しい競馬を重ね、最後に海外で大きな勝利をつかんだ馬。メジロマックイーンは長距離の王者として、ゆったりした持続力を日本競馬に刻んだ馬。ゴールドシップには、その両方が見える。
きれいに加速するというより、苦しくなってから体をもう一度使う。相手が脚を使い切ったところで、まだ動ける。白い馬体や気性の印象に隠れがちだが、本質はそこにある。
女房役、今浪隆利
ゴールドシップを語るとき、担当厩務員の今浪隆利を抜きにはできない。
気に入らない相手は、人だろうと馬だろうと蹴る。そういう難しさを抱えたゴールドシップが、数少なく心を許したのが今浪だった。日々の世話をし、気分を読み、ときに振り回されながら付き合った「女房役」である。強い馬の影には、その気性ごと引き受けた人がいる。手綱を握る騎手は替わっても、厩舎で毎日この馬と向き合う人は変わらなかった。
今浪は2023年に厩務員を引退した。同じ年、テレビ番組の企画でビッグレッドファームを訪ね、種牡馬になったゴールドシップと再会する。「お前と一緒やで、引退したの」。そう声をかけると、ゴールドシップは耳を今浪のほうへ向け、うなずくように応えた——そう伝えられている。何年も背中とゲートで人を困らせてきた馬の、ほんの一瞬のやわらかさだった。
奇行と、その奥の賢さ
ゴールドシップには、「ゴルシ伝説」と呼ばれるほどの逸話がある。
ゲートで立ち上がる。出たくない日は、出ない。調教でも、大一番でも、気が乗らなければ走らない。ダッシュは鈍く、馬群に取りつくのに時間がかかる。かと思えば、大敗した次の走りでいきなり強い競馬をする。浮き沈みが激しく、こちらの予想をことごとく裏切った。気に入らない相手は蹴る、という逸話も一つや二つではない。
ただ、これを「ただの暴れ馬」と片づけると、たぶん見誤る。ゴールドシップは頭が良く、繊細な馬だったと言われる。奇行や気分屋に見えた行動は、賢さと神経の細やかさの裏返しだったのではないか——そう語る関係者は少なくない。走りたくない日の意思表示も、勝つ日の集中も、同じ一頭の中にあった。
人は、完璧な優等生よりも、こういう馬の話をいつまでもしてしまう。ゴールドシップの逸話が今も語り継がれるのは、規格外の強さと数々の奇行が、矛盾なく同じ一頭に同居していたからだ。
時代背景と、強い馬たち
ゴールドシップが走ったのは、強い古馬が長距離・中距離の戦線にひしめいた時代だった。同じステイゴールド産駒には一年先輩のオルフェーヴルがいて二度の凱旋門賞挑戦で世界を沸かせ、ジェンティルドンナのような名牝も同じ舞台で覇を競った。器用さや完成度でいえば、ゴールドシップが一番ではなかったかもしれない。
それでも、この馬の人気は群を抜いていた。きれいに勝つ強豪はほかにもいた。けれど、こちらの都合を聞かない一頭が、走れば長い脚で人をうならせる。完璧なヒーローではなく、何をするか分からないのに目が離せない馬。同じ時代の名馬たちの中で、ゴールドシップは「勝つから好き」とは少し違う場所で愛されていた。
そして、父へ
引退後、ゴールドシップはビッグレッドファームで種牡馬になった。
最初の大きな答えはユーバーレーベンのオークス制覇であり、2025年にはメイショウタバルが、父が連覇した宝塚記念を今度は逃げ切って、父子で同じGIを勝った。形は違っても、早めにレースを苦しくして相手に楽をさせないところに、血の匂いがある。
種牡馬としての歩みと産駒データの詳しい話は、別の一篇にゆずりたい。ここでは、現役時代の長い脚が父になっても消えていないこと、それだけを書いておく。
(→ 種牡馬としての歩み・産駒データは「種牡馬物語 ゴールドシップ」へ)
受け継がれたもの
ゴールドシップは、予定通りに走る馬ではなかった。
皐月賞では荒れた内を突いた。菊花賞では長い距離を押し切った。有馬記念では外から動いた。阪神大賞典では出負けから差し切った。宝塚記念では強さと失敗の両方を残した。天皇賞春では三度目の挑戦で、京都の長い坂下から自分の脚を使い切った。海を渡っては届かなかった。引退レースでは、最初の相棒とともに最後まで脚を使った。
どれも、整った名馬像とは少し違う。でも、だから薄いキャラクターで済ませてはいけない。気分屋という言葉の奥に、スタミナがある。出遅れの奥に、まくっていける体がある。負けた日の奥に、次も見たくなるだけの強さがある。
レースが苦しくなると分かる。もう止まるだろうと思ったところから、もう一度動く。その一歩に、白い不沈艦の四年間がまだ残っている。
参考資料・画像クレジット
- JBISサーチ ゴールドシップ: https://www.jbis.or.jp/horse/0001104811/
- JBISサーチ 全競走成績: https://www.jbis.or.jp/horse/0001104811/record/
- JRA 3分でわかった気になる名馬 ゴールドシップ: https://www.jra.go.jp/gallery/3minmeiba/horse6/index.html
- JRA-VAN ゴールドシップ 荒波に躍った黄金の船: https://jra-van.jp/fun/memorial/2009102739.html
- Horse Racing in Japan 2015年天皇賞春ニュース: https://japanracing.jp/_news2015/150503.html
- ウマフリ 2015年有馬記念 ゴールドシップのラストラン: https://uma-furi.com/arima-kinen-2015-2/
- 競馬ラボ “女房役”の担当厩務員が知るゴールドシップの素顔(今浪隆利厩務員インタビュー): https://www.keibalab.jp/column/interview/821/
- THE DIGEST 【名馬列伝】忘れ得ぬ「ゴルシ伝説」: https://thedigestweb.com/topics_detail13/id=40430
- BIG RED FARM Gold Ship: https://www.bigredfarm.jp/eng-goldship
- Gold Ship (English Wikipedia): https://en.wikipedia.org/wiki/Gold_Ship
- 画像: Gold_Ship_Tenno_Sho(Spring)_2015.jpg / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
- 画像: Gold_Ship_Arima_kinen_2013.jpg / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
- 画像: Gold_Ship_Takarazuka_kinen_2014.jpg / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons