サトノダイヤモンド、完成形に見えた馬の頂点と余白

2016年の有馬記念。中山の直線で、サトノダイヤモンドはキタサンブラックを追っていた。

2016年きさらぎ賞のサトノダイヤモンド
2016年きさらぎ賞のサトノダイヤモンド / Nadaraikon / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
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前にいるのは、すでに時代の主役になりつつあった黒い馬だ。武豊を背に、内で粘る。簡単には止まらない。サトノダイヤモンドは外からねじ伏せるのではなく、馬群のすぐそばから、じわりと脚を伸ばしてくる。三歳の体に、菊花賞を勝ったあとの疲れも、年末の空気も乗っている。

ゴール前、ほんの少しだけ前に出た。クビ差。古馬の王者を、三歳馬が差し切った瞬間だった。

ここだけを切り取れば、完璧な良血馬の物語に見える。父ディープインパクト。海を越えた名牝系。大きな馬体と、品のある走り。春に少しだけ届かなかったものを、秋に取り返して、年の最後に頂点へ立つ。けれど、サトノダイヤモンドの物語は、このきれいな勝利だけでは終わらない。完成形に見えた馬だからこそ、そのあとに曇った時間まで、記憶に残ることになる。

18戦8勝
菊花賞
有馬記念
阪神大賞典

サトノダイヤモンドの記録

値段から始まった期待

サトノダイヤモンドには、走る前から大きな数字がついていた。

父ディープインパクト。母マルペンサはアルゼンチンの活躍馬。セレクトセールでは、のちにGI馬となる馬たちの中でも歴代屈指の高額で取り引きされた一頭になった。良血で、高額で、評判の良い馬。クラシック候補。馬がレースをする前から、言葉のほうが先に走っていた。

手綱を取ったのは、クリストフ・ルメール。鞍上も超一流。整いすぎた条件は、ときに重荷になる。期待に応えて当たり前、応えられなければ物足りない。そういう見られ方をする宿命を、この馬は最初から背負っていた。

四強の春、わずかに届かず

2016年のクラシックは、「四強」と呼ばれる激しい世代だった。サトノダイヤモンド、マカヒキ、ディーマジェスティ、リオンディーズ。互いに強く、勝ち負けが入れ替わる。

サトノダイヤモンドは皐月賞で3着。そして日本ダービーでは、マカヒキとの叩き合いの末、わずかな差で2着に敗れた。力が足りなかったというより、ゴール板の位置だけが少し遠かった。美しい馬が、美しいまま勝ち切れない。この春の惜しさが、秋へ持ち越された。

ライバルのマカヒキは、そのままダービー馬として評価を高めていく。二頭の良血馬は、このあと別々の道で、同じ大きな夢——凱旋門賞——に向かっていくことになる。

秋の京都で、取り返した

秋は神戸新聞杯から始まった。ここを勝って、菊花賞へ向かう。

3000メートル。ディープインパクト産駒に向けられる「切れ味」という言葉だけでは、少し足りない距離だ。長い距離を、乱れずに、最後まで力を残して走り切れるか。サトノダイヤモンドは、そこで勝った。春に届かなかったものを、秋の京都で取り返す。良血の評判が、ようやくGIのタイトルという実体になった。

2016年菊花賞後のサトノダイヤモンド
2016年菊花賞後のサトノダイヤモンド / Ogiyoshisan / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

有馬記念、頂点の一差

そして、冒頭の有馬記念だ。

菊花賞を勝った勢いのまま、三歳で古馬の頂上決戦へ。相手は、その年に天皇賞・春やジャパンカップを勝ち、時代の中心へ進みつつあったキタサンブラック。前で粘る王者を、ルメールのサトノダイヤモンドが馬群の中から差し切った。クビ差。ほんのわずかだが、確かに前に出た。

これが、サトノダイヤモンドの現役時代の頂点になった。良血、高額、ディープ産駒。背負わされた期待のすべてに、この一日、完璧に応えた。三歳の暮れに、もう頂上に立っていた。

海を渡って、曇った時間

4歳になっても、最初は順調だった。春の阪神大賞典を勝ち、古馬になっても整った強さは残っていた。

そして秋、フランスへ向かう。フォワ賞、凱旋門賞。父ディープインパクトが届かなかった場所へ、その直仔がもう一度挑む。ファンが見たかったのは、ただの遠征ではない。日本競馬が何度も追いかけてきた夢の続きだった。ダービーで競り合ったマカヒキも、前年に同じ道で跳ね返されている。良血の二頭が、相次いで世界の壁に挑んだ。

結果は苦かった。シャンティイの馬場で、サトノダイヤモンドは直線で伸びきれず、15着に大敗する。ルメールは「日本の馬場と全然違う」と語った。そして、この遠征のあと、三歳時のあの輝きは、そのままの形では戻らなかった。翌年に勝ち星は挙げたものの、「完成形」という印象が強かったぶん、見る側の記憶には落差が残った。

ルメールと、二頭で追った夢

サトノダイヤモンドの現役時代は、クリストフ・ルメールという騎手と切り離せない。

きさらぎ賞も、菊花賞も、有馬記念も、凱旋門賞も、背にはルメールがいた。日本のリーディングを取り続けることになる名手にとっても、サトノダイヤモンドは大きな相棒であり、凱旋門賞は母国フランスで勝ちたい特別な夢だった。日本のクラシック血統の頂点に立つ良血馬と、フランス出身の名手。二人で世界へ挑む——その絵は、勝てば日本競馬の歴史を変えるはずだった。

そして、もう一頭。ダービーでサトノダイヤモンドをわずかに退けたマカヒキも、前の年に同じ凱旋門賞へ挑み、跳ね返されていた。四強と呼ばれた世代の二頭が、相次いで世界の壁の前で力尽きた。日本馬にとっての凱旋門賞は、強い馬ほど深く傷を負う場所でもある。サトノダイヤモンドの15着は、その長い挑戦の歴史に連なる、もう一つの「届かなかった夢」だった。

完璧に見えた馬の、ほんとうの輪郭

サトノダイヤモンドを振り返るとき、人はつい二つの時間を並べてしまう。菊花賞と有馬記念で頂点に立った、きれいに光った時間。そして、凱旋門賞でつまずき、輝きが戻らなかった、曇った時間。

けれど、その両方があって、この馬の輪郭になっている。完璧に見えた良血馬が、実は完璧ではなかった。期待をすべて背負い、一度はそれに完璧に応え、それでも世界の壁の前では届かなかった。きれいなだけの物語より、この曇りを含んだ物語のほうが、ずっと人間くさい。整って見えた馬の、整いきらなかった部分まで含めて、サトノダイヤモンドはサトノダイヤモンドだった。

そして、父へ

引退後、サトノダイヤモンドは種牡馬になった。いきなり大きな答えを出した父ではないが、産駒は芝の中距離を中心に、少しずつ重賞の舞台へ名前を運んでいる。

完成形に見えた現役時代の影を、父としてはまだ少しずつほどいている最中だ。種牡馬としての歩みと産駒の詳しい話は、別の一篇にゆずりたい。

(→ 種牡馬としての歩み・産駒データは「種牡馬物語 サトノダイヤモンド」へ)

受け継がれたもの

有馬記念の直線で、サトノダイヤモンドはキタサンブラックを、ほんの少しだけ上回った。

そのあとの二頭の道は、同じではなかった。キタサンブラックはさらに時代の中心へ進み、父としてイクイノックスを出した。サトノダイヤモンドは凱旋門賞の苦さを抱え、すぐには大きな答えを出せなかった。勝った馬と、勝った馬を差した馬。その後の明暗は、競馬の残酷さでもある。

でも、だから薄い馬になったわけではない。菊花賞の3000メートル。有馬記念のクビ差。あの頂点は、誰にも消せない。きれいに光った時間も、曇ったあとの時間も、両方ぜんぶ抱えて、サトノダイヤモンドという名前は残っている。

参考資料・画像クレジット

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